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映像制作の楽しみ 自然からのメッセージ2018年9月7日

今年の夏の暑さは尋常ではありません。みなさんもたいへんな思いをしているのではないでしょうか。そこで、今回は、ちょっと前の話なのですが、涼しい季節のエピソードを振り返りたいと思います。

10月のある日、私は真っ暗な山道を、一人もくもくと歩いていました。標高は1400m近く。早朝4時ということで、空もまだうっすら紫色をおびる程度です。気温は氷点下です。でも私にとっては、その冷たい風こそ必要でした。今日はいつになく冷えているという実感が足を急がせます。

ここは奧日光の戦場ヶ原です。撮影するのは小田代原という湿原です。この時期、湿原は草もみじと呼ばれる紅葉の季節をむかえ、一面、黄金色の絨毯のようになっています。ところが、気温が低い早朝、枯れた草に霜が降り、一面、真っ白に染まる瞬間があるのだと聞き、カメラをもって向かったのです。

2018_yoshida_01 小田代湿原の草紅葉(もみじ)

しかし、この様子を撮影するには条件があります。夜から早朝にかけて氷点下に下がらないと霜が降りないのです。実は、この日の前にも、2度ほど、カメラを持って現地を訪ねていました。でも、気温が下がらず撮影に失敗していました。今日は3回目の挑戦です。標高1400mでも、秋に氷点下になる日は意外と少なかったのです。

夜の11時に、登山口に車をとめ夕食をとったら、あとは寝袋をかぶって仮眠。朝4時に起きて、暗い夜道を一人で歩き始めました。寒さは気になりません。寒いほどいいのです。

歩くこと1時間、目的の湿原近くにつきました。足早に湿原脇の木道に降り立つと、薄暗い中、確かに霜が下りて白く見えます。はやる気持ちをおさえ、カメラをセットします。やがて男体山から朝日がのぞき、湿原が白く輝くはずです。その瞬間を待ちました。

2018_yoshida_02 日の出前の湿原と男体山

いよいよ太陽が顔をのぞかせ、細い光が湿原を照らし始めました。すると予想外のことがおこったのです。

2018_yoshida_03 太陽光が湿原を照らす

湿原のあちこちで小さな光の点が輝きはじめたのです。あっちでキラ、こっちでキラキラといったぐあいに、光る時間はまちまちですが、湿原のそこかしこに宝石がちりばめられているかのような光景です。

2018_yoshida_04 湿原のあちこちに白い点

2018_yoshida_05 その正体は?

写真だと白い点に写るだけで、その感動をお伝えできず残念です。言葉にすると、草の中のある一点が突然キラっと輝き、その光がしばらくまたたいているといった感じです。小さくても、その光はストレートに目に飛び込んできます。広い湿原のどこが光るか予想はできないので、カメラを手に光の点を探して夢中になってしまいました。

2018_yoshida_06 光ったのは水滴

光の正体は霜が太陽の熱で溶けた水滴でした。葉の表面を流れ落ちたり、隣の水滴とくっついたりと、水滴に動きがあるたびに、宝石のように光を反射させていたのです。

霜が溶けた水滴というのは、大きさが1ミリにも満たない小さなものだと思います。そんな小さなものに反射した光が私の目まで届くというのは、とても不思議でした。葉の表面を覆う霜が溶けるのですから、水滴は無数に出来るはずです。その中で、ちょうどよい屈折をした光だけがこちらに届いていたのです。まさに自然からの貴重なメッセージです。

2018_yoshida_07 小田代原

こうした体験が出来るのも映像制作の楽しみの一つです。この様子は無事にオンエアーされ喜びもひとしおでした。

想像以上の光景に出会えることがこの仕事の面白いところです。うまくいかないことも多いのですが、かえって仕事の奧が深くなり、充実感も大きなものになります。

様々な条件がそろわないと再現されない貴重な自然現象。その幸運に出会えたことに感謝するこの仕事が、とても気に入っています。

2018_yoshida_08 小田代原パノラマ 湿原とカラマツの紅葉
吉田晋也 三脚とカメラをもって山歩きすると、腰が悲鳴を上げる50歳。