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「新・月世界旅行」は長い旅

4月からサイエンスチャンネルでアニメの新番組が放送されました。 私が企画、脚本を担当した「Rocket! ぼくらを月につれてって! 新・月世界旅行」です。
内容は小学校高学年以上を対象にしたもので、ジュール・ヴェルヌのSF小説の登場人物や設定をベースに、将来の月世界旅行を描くアニメーション番組です。ヴェルヌの代表作「80日間世界一周」の登場人物であるフォッグ卿と妻のアウーダ、パスパルトゥーが19世紀から200年後の日本にタイムスリップして月へ旅行するストーリーです。
14分の5本シリーズなので、放送期間は短く、今年の4月から放送が始まり、6月で最終回を迎えました。今はサイエンスチャンネルのホームページから動画配信で見ることができます。

個人的にアニメ番組が好きなことと、小学校から高校まで漫画を描き続けてきたこともあり、アニメ番組の制作はやってみたいことの一つでした。千代田ラフトの番組制作で本格的なアニメーション番組はこれが初めてです。
かなり異色な番組でもありますので、その制作はどのようなものなのか記しておきたいと思います。

そもそもきっかけとなったのは、知人から紹介されたライター、幕田けいたさんから寄せられた企画でした。
幕田さんという人は日本ジュール・ヴェルヌ研究会に所属するほどのヴェルヌファンで、SFの古典ともいえるヴェルヌ作品の登場人物を使って現代日本の科学技術を紹介する番組を作りたいと申し出てきたのです。
ちょうど科学技術振興機構のサイエンスチャンネル番組募集にアニメ番組枠がありました。
ヴェルヌの作品の「月世界旅行」にあやかって「新月世界旅行」と題して「未来の月旅行」を描く内容にして応募することにしました。タイトルは景気づけに「Rocket!ぼくらを月につれてって」と頭に付け足して長くなってしまいましたが。
運がよく、この企画はめでたく採択され、私の初のアニメ番組制作はスタートすることになったのですが、これが苦労の始まりでもあったのです。

さて、アニメ番組はどのような段取りで作るのか?簡単に記すと以下の通りになります。

1シノプシス(筋書き)の検討
2台本作成と検討
3設定づくり(キャラクターデザインや背景画などの決定)
4絵コンテ打ち合わせ(実質的なアニメの設計図になります)
5作画と撮影(アニメーターたちがいっぱい絵を描いて、コンピュータで色を付け、動画ファイルにします)
6アフレコと効果音づくり、選曲
7編集(最終的なビデオパッケージ化)

とても大雑把ですが、段取りはこんな感じです。
制作を始めたのは2007年7月。来年の3月まで9カ月かけて14分(実質は10分)のアニメ番組を5本作り上げるスケジュールです。
アニメーション制作を引き受けてくれたのは杉並にある老舗のアニメ制作会社「トランス・アーツ」。少年ジャンプに連載されていた「テニスの王子様」のアニメーション制作を手がけたところいえば多くの人はわかると思います。

7月に入ってメインスタッフの3人が決まりました。アニメーション制作の全体を管理するアニメーションプロデューサーの菅野和人さん。登場人物をデザインし、キャラクターデザインと作画監督を務める成川多加志さん。そして番組全体の演出を行う監督の松澤建一さんです。みんな私より若い。成川さんと松澤さんは20代です。
「テニスの王子様」や「韋駄天翔(イダテンジャンプ)」などの制作で力をつけた若手クリエーターが選抜されたのでした。


番組宣伝用ポスター

普通のラフトの番組なら私は監督に当たるわけですが、今回は脚本担当者になります。アニメの絵は描けないので物語を作ることに徹するのです。それから2週間に一回の割合で、打ち合わせの席を設けて筋書きや脚本が検討されることになりました。
あらすじを構想したり、脚本を書くことは簡単ではありませんでしたが、正直楽しい作業です。
実写ではないので、好きな設定ができるからです。(もちろん縛りもあるわけですが)
その一方で台本打ち合わせは相当緊張しました。脚本を生業とするライターさんが普通手がける仕事を私が背伸びしてやってるわけですから、至らないところもあるでしょう。図に乗って好き勝手書いているところもあるので「きついダメだしあるかな」と不安になりました。また、低コストで制作が進むようにシーンをなるべく少なめにしようと書いたものの、結構膨れ上がり、予算的に厳しいといわれないかという不安もありました。
結果から言うと整合性のないことやキャラのカラーの合わないことは指摘を受け、頂いた意見は合点がゆくものばかりでしたので、台本に反映させました。
シーンの数の多さをあまり指摘されなかったのは助かりました。
思い起こすと、シノプシスの検討や台本打ち合わせは、テレビの仕事を始めたころ見たいな気持で打ち合わせに臨みました。40過ぎのいい年になると、人からダメ出しを受けて困り果てたり、うかつな失敗が初心を思い起こさせる良い刺激になります。はじめての仕事というのはいいものです。
そんなこんなで、8月末には脚本を完成させました。

脚本さえできれば、後は、「どんな絵になるのかな」と楽しみに待っていればよいかと思っていたら、それは甘かった。
打ち合わせの席で「主人公の家はどんな家でしょうか?部屋のイメージは?」と質問され、答えに窮してしまったのです。脚本なら「主人公の家」と書くだけで済むのですが、実際に絵にかくとなれば和風の平屋か、洋館か、近代的なマンションかでイメージは大きく変わるわけです。
監督の松澤さんからびっしりと書き込まれた質問リストが出され、建物や部屋、宇宙港やシャトル、小道具のイメージについて答えなくてはならなくなったのです。

アニメーションの制作では多くのスタッフが分業するため、意思統一が図れるよう詳細な設定資料がなくてはなりません。実はアニメーションの制作で一番時間をかける作業が「設定」なのです。
そもそもアニメーションは絵を1秒間に24枚入れ替えることで動きを作りだします。まさにパラパラ漫画の世界です。アニメの絵はコンピュータ処理も行われますが、ほとんどすべてアニメーターたちの手書きです。ほんの数秒のキャラクターの動きでも何時間もかけて人が書いているのです。アニメは一人では作れません。たくさんのアニメーターたちの力が必要なのです。
というわけで9月からはひたすら設定イメージの絵を描いたり、背景や室内の参考になりそうな写真を集めまくる作業が始まりました。

おかげさまで絵を描くのが上手になりました。


「新・月世界旅行」の脚本 全5話分

エアロック部分のイメージ(作画・堀)

シャトルの座席とシートベルト(作画・堀)

「新・月世界旅行」は科学番組なので監修者をお願いしていました。JAXA宇宙航空研究開発機構で有人宇宙開発に携わってきた岩田勉さんに多くのアドバイスをいただきました。私も宇宙開発をテーマにした番組は数多く作ってきたので基本的な知識は持っているつもりでいたが、しょせんは素人です。
地球の重力を振り切るには大量のエネルギーが必要であることや、月までの飛行時間が100時間かかることなど多くを教わりました。
岩田さんから得た最も重要な教えは経済的な存在理由がなければ宇宙ステーションも月面基地も成り立たないということです。月に有望な資源開発が可能であれば今にでも開発が進むでしょう。月の砂を使ってコンクリートはできるそうなので、基地の建設資材もある程度現地で調達できます。しかし、SFでよくある宇宙コロニーというのはどうでしょうか?建設資材はどこから調達するのでしょう。地球からではコストがかかって大変です。
しかもなんで宇宙に住まなきゃならないのでしょう。経済的な必然は少なそうです。
企画の時点では宇宙コロニーという場面も考えていましたが、それをやめたのは経済的な理由を考えてのことでした。
そこで2080年には2千人前後の基地を拠点に鉱山や宇宙船の工場があって、合計1万人くらいの人が月面で暮らしているという設定を考えました。

2千人前後というのは航空自衛隊の基地の隊員数がこれくらいなのです。自衛隊は訓練から隊員の生活まで基地内で完結していますから参考にするにはちょうど良かったのです。
そして総司令部のある入間基地と全国の基地は1日1往復くらいの定期便で結ばれていますのでシャトルや宇宙船の定員も自衛隊の輸送機に倣いました。

シャトルの発射場は関西国際空港を参考にしています。ロケットの打ち上げ場の多くは危険防止のため打ち上げ時には広い範囲を立ち入り禁止にします。洋上に設けた発射場は危険回避のためなのです。 また月面基地の建築物や宇宙ステーションは清水建設技術研究所に取材し、宇宙建築を研究されている方々から意見をいただいてデザインをしました。清水建設は革新的な建築物を作ることで世界的に知られていて、宇宙での建築も20年以上研究しているのです。

重力が地球の6分の1しかない月面で階段の段差はどれくらいの高さが適当か、わかりますか?
実は1メートルなんです。とんでもないようですが、実験で確かめたそうです。つまり、そういうレベルから建設会社はやりこんでいるんですね。
番組で登場する月面基地は地下に居住区を設けています。なぜかというと月面は昼と夜の寒暖の差が大きいことと隕石の被害を避けるためです。建物がドーム外壁の強度部材を兼ねるデザインは清水建設での取材が反映されています。この取材も楽しいものでした、その道をやりこんだ人と想像をめぐらす会話は花が咲きまくりますから。
私が落書きみたいに書きまくった設定画はプロの手で美しく変貌します。
私が人物を描くと四等身か六等身になってなんか野暮ったいのですが、作画監督の成川さんが描くとかっこよくてかわいい絵になってしまうのです。
宇宙船、宇宙ステーションなどのデザインはメカ設定とCGデザインを担当されたコレサワシゲユキさんが素敵に書き換えてくださいました。
この作業は3カ月近くかかりました。最終回の設定が終わったのは2007年の12月のことでした。


シャトル発射場のイメージ(作画・堀)

実際に番組で描かれたシャトル発射場

月面基地の地下式の居住棟(作画・堀)

実際の番組で描かれた月面居住区

そして設定がある程度そろったところで絵コンテの制作も始まりました。
これは監督の松澤さんが担当しました。アニメの絵コンテは番組全体を見渡すもので、なおかつ作画のよりどころになるものです。つまり絵コンテはアニメ番組の設計図なのです。

予算と人手の問題もあるので、コストや手間を考えつつカットを決め、物語の演出をすることになります。また、ここではじめて番組の具体的なイメージが提示されるので科学的な考証もこの段階でしておかないといけません。大人数が分業して作画する段階に進むと直しがきかなくなるからです。ですから、絵コンテの検討はとても重要なのです。

監督・演出・絵コンテの松澤さんは28歳。ベテラン監督のもとでテレビシリーズの演出や絵コンテを担当して腕を磨き、今回の番組が監督デビューになりました。
私は月や地球の位置関係など科学的な整合性には注文を付けましたが、演出には口出ししませんでした。期待を託してどれくらいやってくれるのか、見守ってみたい気になるくらい松澤さんに気合いが入っていたからです。
そもそも自分が監督なら脚本担当者に口出しなどされたくないですから。

そうしてできた絵コンテを見た最初の印象は「本当にこんなことができるのか?」でした。

へんてこな内容という意味ではなくてその逆です。出来が良すぎるのです。
自分が脚本を書いた時点で場面は結構多くあるので手間がかかるだろうと予想していました。そんな内容なので、 脚本をいじってシーンが減っていたりするのかなとも思っていましたが、絵コンテに描かれているカット数は脚本以上でした。動画や背景画にかかる手間は十分理解していましたので、予算に見合うのか不安になるほどカット数が多いのです。

検討をクリアした絵コンテは作画監督の手に渡り、絵コンテの通りに作画され、映像はできてきました。試写で確認すると「本当に絵コンテの通り」なのです。
プロの仕事を感動的に受け止めました。これは同席していたクライアントも同感でした。

「新・月世界旅行」の番組予算はかなり苦しいものでした。通常のアニメ番組の制作費よりも少ない予算で仕事を依頼しているのです。
低コストで制作できたのはトランス・アーツがアニメーション制作のほぼ全業務を自社スタッフで賄える総合力があったことが大きかったように思います。杉並区や武蔵野市にはアニメーション制作を掲げる会社がたくさんあります。でもそれは動画の作成のみだったりするところも多く、すべて自社でというと結構限られるのです。外注に出すとなるとコストは上がってしまうので、自社制作の強みに助けられました。


絵コンテ 第2話

絵コンテはアニメの設計図です
絵コンテにどおりに作画・仕上げがなされる

もう一つは「オリジナル」を作れるというモチベーションです。
最近のアニメ番組は漫画やライトノベルでヒットしたものが番組化されることが多く、ゼロから番組を作り上げる「オリジナル」の作品を作る機会はあまりありません。

監督の松澤さんと作画監督の成川さんは普通ならキャラクターデザインや絵コンテに寄せられてくる漫画原作者や出版サイドからの注文など受けません。(その分、自分の解釈が問われるわけで辛くもなりますが)思う存分自分の世界を追求することができました。番組で描く世界は自分たちが作ったものだという自負を持てることが制作の大きなモチベーションになったことは確かだと思います。
アニメーションプロデューサーの菅野さんは以前から宇宙をテーマにした子供向けのアニメを作りたいという夢があって、今回の企画はまさに「はまった」テーマでした。
スタッフには「攻殻機動隊」など有名テレビシリーズで活躍するエース級のアニメーターを充ててくれました。

メインスタッフの意地がほかのスタッフにも波及して、この番組のクオリティーを支えてくれたのだと感謝しています。
「新・月世界旅行」はトランスの社員および協力スタッフの皆さんにかなり助けられました。
一体どれだけの人が参加したのか、最終回のスタッフロールを数えるとわかります。皆さんぜひ全話を視聴して数えてみてください。


キャラクターデザイン 初期のころ

宇宙ステーション内部での服のイメージ

絵コンテ打ち合わせが最終回まで終わったのは年も改まって2008年の1月中旬です。
このころにはシリーズの半分以上が、絵コンテをもとに原画が作られ、一部は動画の段階に進んでいました。年末から翌年の2月の3ヶ月間がこの番組に最も多くの人が制作にかかわってくれた時期です。
一度だけ、作画の現場を見せてもらいました。とても静かで、木の机の匂いがなぜか小学校をイメージさせ、なんとも不思議な空間でした。そうした場所でアニメーターたちがせっせと作画をしています。作画は鉛筆です。色分けの必要がある部分だけ色鉛筆で線が引かれます。
当たり前ですが、皆さん絵がうまいです。それも早く書くのです。それでも数秒の動画制作にかける時間は2、3時間、場合によっては1日作業になります。大変な労力です。この作業だけは50年前も今も同じです。

鉛筆画として完成した動画はスキャナーで読み取られ、以後の作業はコンピュータ上で行われます。
彩色は専用のソフトでパキパキ塗られてゆきます。
そして、彩色が済んだ絵はコンピュータ上で背景と重ねられ、動画ファイルになります。作業の慣習から今でもこの過程を「撮影」と呼んでいます。でも見た目は撮影ではないです。どちらかというとCG制作のイメージが近いです。脚本のカットごとに作られた動画は一本化され、ビデオテープにプリントされます。


作画室のようす

動きを確かめるため、前に描いた絵とめくって比べながら絵を描きます。

彩色はコンピュータで行われます。早いです。

そして2月末、ついにアフレコの日を迎えることになるのです。

フレコは高田馬場にあるスリーエススタジオで二日間にわたって行われました。アフレコはアニメのキャラクターに命が吹き込まれるプロセスで、アニメ制作の峠のような段階です。これを過ぎると番組の完成した状態がほぼ把握できるからです。
アフレコの主役はもちろん「声優」さん。日本において声優は子供の憧れの職業の一つであり、スターです。メインキャストの4人はアニメ番組で名前をお見受けする方々で「出演いただきありがとうございます」と感謝感激でした。
さらに印象的なのが明日のスターをめざしている若手声優さんたちで「やる気オーラ」を出しまくって現場入りしているのです。メインキャスト以外の声を担当するのですが出番がなくても画面を食い入るように見つめていて、「競争の激しい世界だ」と門外漢の私は圧倒されたのでした。

アフレコ台本はカットごとに整理され、絵の説明も追加されているので私が描いた脚本とは別物になっています。
リハーサルを聞いていて「こんなセリフあったかな」というシーンがいくつもあり、そのたび自分の書いた脚本を開くと確かに書いてあって、「へえーこんなことを書いてたんだ」と、すっかり視聴者の感覚で見学していました。
脚本を書いていたのは夏真っ盛りの時期で、アフレコは思いっきり冬ですから半年もインターバルがあるのです。
(だからと言って何を書いたか忘れていてはいけないのですが)
最後の最後で2つ仕事をしました。科学的な解説コーナーを作ることがその一つ。これは本業なので、そんなに大変ではありませんでした。資料性の高い映像を集めていますのでこれだけでも教材になると思います。
もうひとつは「次回予告」の原稿書きです。この番組の次回予告は30秒もあってちょっと長いので、それなりの展開をつけないと持ちません。「ボケなきゃ」「ボケなきゃ」となんども呟きながら書きました。面白いかどうかは聞いてみてください。


アフレコの様子


無事にアフレコも終えましたが映像が埋まっているのは全体の半分くらい、あとはいわゆる「コンテ撮」です。絵コンテを取り込んでアフターエフェクツで動かしたものです。
これがまた結構動いているので、面白いです。
アフレコでは声優さんのセリフだけでなく、アニメのリアル感を増す重要な作業があります。
音響制作です。
具体的には音楽を選んだり、効果音をつけることなのですが、これはスワラプロさんが担当してくださいました。当たり前ですが、絵が動いているだけのアニメでは足音からドアを開ける音、何から何までつけないといけないのです。これは大変な手間です。
音楽の重要性は実写の世界でも十分理解していますが、効果音がどれだけ重要か、その存在がどれだけメリハリと印象付けにプラスに働くかまざまざと思い知らされました。特にシャトルのエンジンノイズは液体燃料ロケットらしい音でなかなか良いです。




アフレコから1週間後、作画が間に合っていなかった部分の差し替えが終了するとアニメ番組は出来あがりました。

完成した番組の品質の高さは予想以上で、絵コンテに描かれていたことがきれいな絵で具体化していました。というより、現在放送されている(特に深夜帯)アニメよりもクオリティーは高いです。
これはトランス・アーツのスタッフの驚異的な頑張りに支えられてのことです。上井草に足を向けて寝ることはできないです。
こうしてできた「新・月世界旅行」を一人でも多くの人に見てもらいたいと思います。
話がいまいちとか、良くわからないという印象がもしあったらそれは私の脚本が悪いのであってアニメーションのせいではありません。

普段の自分の仕事のスタイルは企画から撮影、編集まで何から何まで一人でやってしまうことが多いです。
しかし、今回のアニメーション制作はその全く逆で、非常に多くの人が参加してくれたおかけでできたものです。

「信じられる人の手に任せることで番組の内容がより良くなってゆく」その過程を久しぶりに目で見て肌で感じることができたのが今回のアニメ番組制作で最も印象的なことでした。

こんな素晴らしい体験がこれからもできるように、今回のアニメ番組制作をきっかけに、オリジナルのエンターテインメントの分野を開拓すべく頑張ってゆきたいと思います。





 プロフィール
 堀範行
 1965年生まれ  入社12年目。複数の職業を経て現在に至る。
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