磐梯山と檜原湖
ジュンサイを収穫する農家の方
昭和44年、新日本紀行は福島県の磐梯山麓を訪ねている。山の北側・裏磐梯と呼ばれる地域では、ナメコ栽培など山の仕事で生きる小さな集落・雄子沢地区が紹介されている。まだ、道も整備されていなかったため、小さな分校が開かれ子供たちの声でにぎわっていた。年に一度の遠足は、子供たちが外の世界を知る貴重な時間。親たちはわがことのように喜び、弁当を持たせ送り出していた。 一方、山の南側・表磐梯では荒れ地を必死に開拓する農家がいた。磐梯山麓は、過去の噴火で押し流されてきた噴石や土砂などが堆積し、農家は苦しい経営を続けてきた。減反の時代、人々は借金をしてまで、新しい農地を切り開こうと懸命だった。 あれから40年。裏磐梯では豊かな森と湖を生かして観光客を呼び込むのに懸命だ。雄子沢生まれのキャンプ場主人は、子供の頃に経験した野山の遊びを提案して人気を集めている。ジュンサイ採りの体験ツアーを企画したいと農家を訪ねるネイチャーガイドは、山菜や手作り味噌をもてなしてくれる農家に人の心に客を引きつける魅力があると感じている。表磐梯では自家製の米や取れたての野菜を提供して生き残りをはかる民宿の家族がいた。時代の移り変わりの中、故郷に新しい価値を探す人々の姿を追った。